KYOTO

読書空間 page01「ダイナー×和菓子屋」

らぶてあ

旅と読書。
世の中には、読書を目的とした旅をする人たちがいる。
どこかで、本を読む。その為だけに、見知らぬ土地を訪れる。
本を携えて。

もし、京都のどこかで本をゆっくり読むとしたら、どこが良いだろうか。
地下鉄の座席、老舗喫茶店の一角、デパート内の椅子、繁華街の公園にあるタバコの匂いのするベンチ、天下一品のカウンター席……。
そういう場所も良い。インスタ映えもしそうだし、お洒落だし。
けれど、わたしなら違う。

 

京都・四条の繁華街の脇道をすこし逸れると、花遊小路という小さな通りが続いている。
ひとたびそこに入れば、しんとした静けさが待っている。
繁華街の賑やかさが、嘘のように消えてなくなる。
この時期だと、肌寒い風に乗って、靴屋の売り子の呼び声や、カレー粉や鰻の蒲焼きの薫りあたりがやって来る。
そして、みたらし団子を焼く香りも。

花遊小路には、幸福堂という名の小さな和菓子屋がある。
11時過ぎから、21時過ぎまで。時と場合によっては、夜遅くまで開いている。
屋台のように小さなお店だ。ビニールのカーテンを開けたら、木造のベンチが2つ並んでいる。
何とか、4人座れるほどの。店主夫妻が、自分たちの手で組み立てたのだという。
「いろんな人たちがここに座って、笑ってきたの。このベンチはね、いろんなお客様の歴史を知っているはずよ」
店主夫人が、そう言って笑った。

わたしはお店に入って、みたらし団子を注文する。
それから、ベンチに腰掛けて熱いほうじ茶を啜っていると、団子の生地が焼けるときの甘い匂いが漂ってくる。
もうすこし待つと、生醤油か甘いタレのどちらかの香りが広がってきて、胃袋を心地良く刺激する。

ひとくち食べると、あっさりとした甘みが口の中で膨らんで、おもむろに消えてゆく。
ぼんやりと外を眺めると、道行く人々の往来が芝居のように繰り広げられている。
まるで、自分が透明人間になったような気持ちで、その様子を見つめていると。
「人間観察も、面白いわよ」
店主夫人は、満足げに言い切った。
その横で、店長は団子の追加を焼き始めた。
身体が暖まって来ると、冬の夜風もすこし肌寒いぐらいに慣れて来て、ようやくわたしは本を読み始める。

 

「読書を荒事にしたい」
そのような主旨のことを言っていた小説家がいる。
平山夢明。彼の代表作に、「ダイナー」という小説がある。

もうすぐ殺される予定だったカナコは、死に物狂いで最後のチャンスを掴み取った。
それは、世にも珍しい定食屋のウエイトレスとして働くことだった。
「ここの客は全員が人殺しだ」
店長のボンベロを皮切りに、身体中傷だらけの優男、イチゴが大好きな筋肉ブルドッグ、犬の牙を装着した伊達男……。
常識も倫理もせせら笑う世界の住人たちと、熱々のハンバーガーやダイヤモンドで濾したウオッカや蜂蜜のスフレ……。
カナコは、残酷に殺されるか奈落を生きるかの日々をもがくうちに、やがて自らの生きる力を磨いてゆくのだが……。

 

一冊読み終えるのに、パワーがいる本だ。でも、クタクタになって読み終えるのが、たのしい。
そういう、快いノックアウトを何度も何度もさせてくれる小説のひとつだ。読む者すべての心を振り回し、叩きつけ、最後の一頁まで鷲掴みにする。
こういう本は、実はなかなか貴重だ。死屍累々のブルータルな暴力と、シズル感たっぷりの美食を丁寧に描き抜いた果てに待つのは、大きな愛と優しさなのだ。
ほんとに、ほんとうに。

面白い本を教えろと言われたら、最初にこれを薦める。
どうしようもなくひどいことが予想を裏切って起きる頁もあるけど、そこのところの表現を誤魔化したり逃げないから、誠実でタフだ。
描かれていることの殆どがジューシーで旨味たっぷり脂が乗っていて、食べ応えばっちり。
そういう本は、なかなか無い。

実は、この「ダイナー」は、ハードカバーと文庫本とで、ラストの細部が変わっている。
そのうえ、ヤングジャンプで現在連載中のコミカライズ版では、さらに大胆なアレンジが施されていて、作者以外には予測できない方向に向かっている。
1月にコミックの1・2巻が同時発売される予定なので、これを期に3つのバージョンを読み比べるのも良いだろう。

 

凍てつく夜に、甘いものを食べながら本を読む。
なるべく力強い本を。
そういう読書体験が、インスタ向きかお洒落かどうかは置いといて、少なくとも貴方の記憶に残ると言い切りたい。
世界でわたしひとりだけが、このような贅沢を楽しむなんて、器の小さな話だから。
そんなことを考えていたら、店長がやってきた。
「もう一杯、お茶でも煎れようか?」
いつしか、肌寒さはすっかり消え失せていた。

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らぶてあ
エッセイやコラムを書いています。京都在住。美味しいものを食べたり、本を読んだり、かわいい音楽を聴くことが好きです。黒色が好きです。見かけたら、お仕事を下さい。
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